「それ、どうなってるの?」
想定していない質問でした。報告する内容は準備してきたのに、そこを聞かれるとは思っていなかった。
答えが出てきません。数秒の沈黙。上司の眉が動いて、「いや、だからさ」と声のトーンが変わる。
——その瞬間、頭の中が真っ白になります。
そのあと自分が何を言ったのか、よく覚えていません。とりあえず謝ったような気もするし、ただ黙っていた気もする。席に戻ってから、「なんであんな受け答えしかできなかったんだろう」と落ち込む。
そして、次の報告が怖くなる。
こうなると、原因は一つしか見えなくなります。
「自分はメンタルが弱いんだ」「あの上司が苦手なんだ」
でも、少しだけ思い出してみてください。あなたは、報告の最初から萎縮していたでしょうか。
おそらく、違うはずです。話し始めたときは普通でした。萎縮が始まった瞬間は、はっきり決まっています。答えられなかった、あの瞬間です。
順番は「上司が怖い → 萎縮する」ではありません。「答えられない → 相手の反応が変わる → 萎縮する」です。
性格を変えようとしても効かないのは、原因がそこにないからです。
厚生労働省の令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、仕事や職業生活で強い不安・悩み・ストレスを感じている人は82.7%。その内容として最も多かったのは「仕事の失敗、責任の発生等」で39.7%でした。
報告の場でつまずくことは、めずらしい出来事ではありません。いちばん多くの人がつまずいている場所です。
答えられないときに言う一言を、先に1つだけ決めておく
やることは一つです。
「確認して、後ほど報告します」
この一言を、報告に行く前に決めておきます。決めておくだけです。
報告の内容を完璧に準備することでも、堂々と振る舞う練習をすることでもありません。答えられない場面が来たときに口から出す言葉を、あらかじめ1つ持っておく。それだけです。
大事なのは、決めるのが「言うこと」であって、「言えるようになること」ではない点です。心の準備ではなく、言葉の準備をします。
「そんな一言で、あの空気が変わるわけがない」
そう思うかもしれません。でも、これには理由が3つあります。
たった一言で、なぜ立て直せるのか
理由① あの瞬間、頭は「新しい答え」を作れない
心理学に、注意制御理論という考え方があります。マイケル・アイゼンクらが2007年に発表したものです。
この理論によれば、不安が高まると、目標に向かって注意を向ける力が弱くなります。そして特に損なわれるのが、余計なものを抑える力と、考えを切り替える力——この2つだとされています。
これは、あの瞬間に起きていることそのものです。「答えを組み立て直す」「別の切り口で説明し直す」という作業は、まさに切り替える力を使います。つまり、いちばん必要な機能が、いちばん先に落ちる。
頭が真っ白になるのは、気合いが足りないからではありません。そういう仕組みだからです。だから、あの場で出せるのは——あらかじめ決めてあった言葉だけです。
そして、この理論には続きがあります。不安があっても、それを補うやり方を持っている場合には、成果の質そのものは落ちないと書かれています。
一言を用意しておくことは、まさにその「補うやり方」にあたります。
理由② 「決めておく」だけで、実行できる確率が変わる
「決めておくだけで意味があるのか」と思うかもしれません。ここには数字があります。
ゴルヴィツァーとシーランが2006年に発表したメタ分析は、94件の検証をまとめたものです。そこで示されたのは、「Xという場面になったら、Yをする」という形で事前に決めておくと、実際にできる確率がはっきり上がるということでした。効果の大きさは中から大の範囲にあたります。
注目したいのは、これがやる気を高める方法ではないという点です。場面と行動をあらかじめ結びつけておくと、その場面が来たときに、考えなくても行動のほうが出てくる。頭が真っ白になる場面で頼れるのは、この性質です。
だからこそ、決め方には形があります。「落ち着いて対応する」では機能しません。
「答えられない質問が来たら、”確認して、後ほど報告します”と言う」——場面と、口に出す言葉を、セットにしておきます。
理由③ 上司をいらだたせていたのは、答えの中身ではなかった
2016年に発表された、ある実験があります。参加者に「痛みを伴う刺激が来るかもしれない」という状況を作り、ストレスの度合いを測ったものです。
結果は、直感と逆でした。いちばんストレスが高かったのは「確実に来る」と分かっているときではなく、来るかどうかが五分五分のときだったのです。確実に来る場合と、絶対に来ない場合は、どちらも低くなりました。しかもこれは気分の問題ではなく、瞳孔の大きさや発汗にも表れていました。
人は、悪い結果そのものよりも、宙ぶらりんの状態に強く反応します。
ここで、上司の側に立ってみてください。あなたが黙っている数秒間、上司にとっては「この件はどうなるのか」が宙ぶらりんです。答えが返ってこないことより、いつ答えが来るのか分からないことのほうが、相手を落ち着かなくさせます。
「確認して、後ほど報告します」は、分からないと認める言葉に見えて、実際にはいつ答えが来るかを確定させる言葉です。宙ぶらりんが、その場で終わります。
そして、この一言にはもう一つ働きがあります。宿題が1つ、手元に残ることです。
残った宿題は、次の報告までに調べられます。次に同じことを聞かれても、もう答えられる。それを何度か繰り返すうちに、報告の前に「今日は何を聞かれそうか」を自然に考えるようになります。
答えられない → 萎縮する、の悪循環が、逆向きに回り始めます。
私の場合|想定していない質問に答えられず、頭が真っ白になった
私自身、作業報告の場でこれを経験しています。
報告そのものは準備していきました。ところが、想定していない質問が飛んできて、答えられなかったのです。上司はだんだんイライラし始めました。その空気を感じた瞬間、私は萎縮してしまい、頭の中が真っ白になりました。
そのあと、私は2つのことを変えました。
1つは、分からないことはその場で「分かりません」と言い、確認して後ほど報告すると伝えるようにしたこと。もう1つは、次に同じ質問が来てもいいように、次回までに準備しておくようにしたことです。
その場をしのぐためではありませんでした。持ち帰った質問を潰していくと、報告の前に「今回は何を聞かれそうか」を想定するようになっていきました。
結果として、頭が真っ白になることは、なくなりました。なったとしても、そこから立て直せるようになりました。
上司が変わったわけではありません。変えたのは、答えられないときの受け答えを持っているかどうか、それだけです。
頭が真っ白になっても、口のほうが先に動く
——今までのあなた。
報告の前から胃が重い。想定外の質問が来た瞬間に頭が真っ白になって、黙り込む。上司の顔が曇っていくのが分かるのに、何も出てこない。席に戻ってから、言えなかった言葉ばかりが浮かんでくる。
——答えられないときの一言を持つようになった、これからのあなた。
想定外の質問は、これからも来ます。頭も、たぶん一瞬は白くなります。それでも、口のほうが先に動きます。
「そこは確認して、後ほど報告します」
「では、明日の朝までにお願い」
それで終わりです。イライラされることも、責められることもなく、次の話に進んでいく。あなたの手元には、調べるべきことが1つ残っているだけ。
「でも、分からないと言ったら評価が下がるんじゃないか」
そう思うかもしれません。けれど、評価を下げるのは分からないと言うことでしょうか。それとも、あいまいなまま答えて、あとで食い違いが出ることでしょうか。
分からないと言える人は、言ったことが信用できる人です。
作れないものを、その場で作ろうとしなくていい
上司の前で萎縮してしまうとき、原因を自分の性格に求めるのは、少しだけ早いかもしれません。
萎縮が始まるのは、いつも決まった場所——答えられなかった瞬間です。その瞬間の頭は、新しい答えを作れません。作れないものを、その場で作ろうとしなくていいのです。
今日、一言だけ決めてみてください。「確認して、後ほど報告します」。メモの隅にでも書いておけば十分です。
真っ白になっても言える言葉を、1つだけ持っておく。準備するのは、心ではなく言葉です。
参考文献
- 厚生労働省「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)」mhlw.go.jp
- Eysenck, M. W., Derakshan, N., Santos, R., & Calvo, M. G. (2007). Anxiety and cognitive performance: Attentional control theory. Emotion, 7(2), 336–353. doi:10.1037/1528-3542.7.2.336
- Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119. doi:10.1016/S0065-2601(06)38002-1
- de Berker, A. O., Rutledge, R. B., Mathys, C., Marshall, L., Cross, G. F., Dolan, R. J., & Bestmann, S. (2016). Computations of uncertainty mediate acute stress responses in humans. Nature Communications, 7, 10996. doi:10.1038/ncomms10996

