「今からやって、終電までに終わらないじゃないか」
「このボリュームは、どう考えても無理だ」
「また毎日残業が確定してしまった」
そう感じながらも、「わかりました」と引き受けてしまった経験はないだろうか。
断ったら怒られる。嫌な顔をされる。それに、これって普通のことなのかもしれない——そう思って、無理な納期を黙って受け入れてきた人は多い。
私にも、こういう経験がある。定時前になって、上司から「この資料の整理と作成、今日中にやってほしい」と言われたのだ。そのまま引き受けて残業になり、早く帰りたい一心で、仕事はどんどん雑になっていった。振り返れば、時間も品質も失う、一番悪い受け方だった。
でも、そのまま続けていると、品質は下がり、体は消耗し、「また無理な納期を押しつけても大丈夫な人」というレッテルだけが残っていく。
この記事では、非現実的な納期を告げられたときに、関係を壊さずに状況を動かすための、たった一つの対処法を紹介する。
対処法:「量の確認」と「優先順位の確認」をセットで返す
納期を告げられたら、すぐに引き受ける前に、次の2つを確認する。
①「この量で合っていますか?」
「〇〇と△△と□□、3点すべてが対象ですか?」と、作業範囲を声に出して確認する。
②「もし全部が間に合わない場合、どれを優先しますか?」
「△日までに確実に終わらせるとしたら、〇〇を優先して、残りは翌日でもよいでしょうか?」と聞く。
これだけだ。
怒鳴る必要も、断る必要もない。「確認する」という形を取ることで、無理な依頼を相手に気づかせながら、自分の仕事をコントロールできる。
人は作業時間を、必ず短く見積もる
理由①:人は作業時間を必ず過小評価する
心理学者のダニエル・カーネマンは、人が計画を立てるときに時間とコストを楽観的に見積もりすぎる現象を「プランニングの誤謬」と呼んだ。
これは能力の問題ではなく、人間の認知の仕組みだ。つまり、無茶な納期を言ってくる相手も、悪意があるわけでなく、単純に「それくらいでできるだろう」と思い込んでいることが多い。
だから「確認する」ことで、相手は初めて現実の作業量に気づく。あなたが怒る必要はない。事実を丁寧に見せるだけでいい。
理由②:優先順位を決めるのは、依頼する側の仕事
スティーブン・コヴィーは著書『7つの習慣』の中で、「重要なことを先にやる」ことの大切さを説いた。
ここで覚えておいてほしいのは、何を優先するかを決めるのは、依頼する側の責任だということだ。あなたが「どれを先にやるべきですか?」と聞くのは、さぼっているのではなく、正しい仕事のやり方をしている。
確認せずに全部やろうとして、全部が中途半端になる方がよほど問題だ。
理由③:曖昧なまま引き受けると、3つを同時に失う
無理な納期を黙って引き受けると、「品質」「納期」「信頼関係」の3つを同時に損なうリスクがある。
締め切りに間に合わせようとして雑な仕事になり、それでも間に合わなかったとき、相手はがっかりする。そしてあなたの評価は下がる。
一方、最初に「これとこれは翌日になります」と伝えておけば、相手は調整できる。誠実に動いたあなたへの信頼は、むしろ上がる。交渉は関係を壊すのではなく、関係を守るための行動だ。
私の場合|確認してみたら、「実は明日でもよかった」
以前の私は、無理な納期をそのまま引き受けていた。残業になり、早く帰りたくて仕事が雑になる。その繰り返しだった。
あるときから、引き受ける前に確認するようにした。聞くのは3つだ。
まず「これは本当に今日中に必要ですか」と、納期そのものを確認する。次に量を見て、できそうになければ納期を相談する。そして「今抱えているタスクより優先ですか」と、優先順位を確認する。
結果は拍子抜けするものだった。「実は明日でもよかった」というケースがあったのだ。あの日そのまま徹夜気味に仕上げていたら、何のための残業だったのかわからない。無理な納期の正体は、悪意ではなく「何となく今日中」であることが本当に多い。
では、本当に急ぎだったときはどうしたか。そのときは「今日中なら、ここまでの品質になります」と実際にできるラインを示すか、「この部分を他の人にお願いできませんか」と作業分担を提案した。断るのではなく、実現できる形に変えて返す。これなら関係も壊れないし、仕事も止まらない。
「わかりました」が、反射で口から出なくなる
想像してみてほしい。
今のあなたは、定時前に声をかけられて、心の中でつぶやいている。
「今からやって、終わるわけがない……」
それでも口から出るのは、いつもの一言だ。
「わかりました」
夜、オフィスに残って資料を作りながら、頭にあるのは仕事の中身ではなく「早く帰りたい」だけ。仕上がりは自分でもわかるくらい雑になっていく。
でも、確認を返せるようになったあなたは、違う。
「これは、今日中に必要でしょうか?」
「量を見ると、今日はここまでになりそうです。この量で合っていますか?」
「今のタスクより優先でいいですか?」
返ってくる答えは、案外こうだ。
「あー、明日の朝イチでいいよ」
本当に急ぎのときも、慌てない。
「今日中なら、ここまでの品質になります。あるいは、この部分を〇〇さんにお願いできれば間に合います」
引き受け方を変えただけで、あなたは「断れない人」ではなく「段取りできる人」として扱われるようになる。そして定時後の時間は、少しずつあなたの手に戻ってくる。
黙って引き受けるのは、誰も得をしない
非現実的な納期を告げられたとき、黙って引き受けるのは誠実に見えて、実は誰も得をしない選択だ。
やることは一つ。「量の確認」と「優先順位の確認」をセットで返す。
怒鳴らなくていい。断らなくていい。ただ、確認する。それだけで、仕事はずっとコントロールしやすくなる。
参考文献
- Buehler, R., Griffin, D., & Ross, M. (1994). Exploring the "planning fallacy": Why people underestimate their task completion times. Journal of Personality and Social Psychology, 67(3), 366–381. doi:10.1037/0022-3514.67.3.366

