「これ、明後日までにお願いできる?」
その資料の中身を、あなたは頭の中で思い浮かべる。調べ物があって、整理して、まとめて……どう考えても2日では終わらない。
(……厳しいな)
でも、うまく言えない。「無理です」と返すのは角が立つ気がするし、かといって理由をどう説明すればいいかも分からない。
だから、こう言ってしまう。
「はい、大丈夫です」
そして明後日、資料は間に合わない。あなたは謝り、相手は困った顔をする。「大丈夫って言ってたよね?」
——あのとき必要だったのは、断る勇気でも、徹夜する根性でもありません。「なぜ間に合わないのか」を、根拠にして見せることでした。
解決策:「無理です」ではなく、工程を分解して「どこに・なぜ時間がかかるか」を示す
同じ「間に合わない」でも、伝え方は二通りあります。
- 「ちょっと厳しいです」
- 「この資料は、調査に1日、整理に半日、作成に1日かかります。調査は〇〇を確認する必要があるので、ここは削れません。なので、最短で3日いただけますか」
後者には、相手が反論しようのない根拠があります。あなたの都合ではなく、作業そのものの話をしているからです。
やることは、断ることではありません。作業を工程に分けて、どこに時間がかかるかを見せる。 それだけで、「わがままな人」から「段取りを説明できる人」に変わります。
なお、これは納期シリーズの三つ目の方法です。範囲を削る、分けて出す——そして今回は、根拠を見せて納期そのものを交渉する。抱えている仕事の性質に合わせて、使い分けてください。
なぜ、「根拠」を見せると交渉が通るのか
理由①:人は、結論より「理由」で納得する
心理学者エレン・ランガーの、有名な実験があります。
コピー機に並ぶ列で「先にコピーを取らせてください」と頼むより、「急いでいるので、先にコピーを取らせてください」と理由を添えて頼んだほうが、承諾される割合がぐっと上がった——という結果でした。
興味深いのは、理由の中身がたいして重要でなくても効果があったこと。人は「なぜなら」という言葉と、その後に続く理由の“形”に反応するのです。
「無理です」には、この「なぜなら」がありません。だから相手は納得できない。でも「調査に時間がかかるので」と一言添えるだけで、受け止め方はまるで変わります。
理由②:「無理です」は、相手に判断材料を渡さない
「できません」と言われた相手は、実は困っています。じゃあどうすればいいのか、手がかりがないからです。
でも、工程と時間を見せればどうでしょう。
「調査に1日、作成に1日かかります」と分かれば、相手は選べます。「じゃあ調査は簡単でいいよ」と中身を軽くするのか、「なら3日待つよ」と納期を延ばすのか。判断に必要な材料が、相手の手元にそろうからです。
交渉とは、押し切ることではありません。相手が選べるように、材料を並べることです。
理由③:工程に分けること自体が、あなたの段取りになる
「どこに時間がかかるか」を説明するには、まず自分で作業を分解しないといけません。
そしてこの分解こそが、そのまま作業計画になります。何から手をつけて、どこが山場で、どこは後回しでいいのか——交渉のために整理したことが、そっくりそのまま、あなた自身の段取りに変わるのです。
根拠を示すのは、相手を説得するためだけではありません。自分の仕事を見通すためでもあります。
「大丈夫です」と言わずに済む日が来る
——今までのあなた。
(どう考えても、間に合わない)
そう思いながら、うまく言えずに「大丈夫です」と引き受けてしまう。そして期日、資料は仕上がっていない。
「すみません、もう少し……」
「大丈夫って言ってたよね?」
謝ることにも、だんだん慣れてしまう。
——工程と根拠を説明できるようになった、これからのあなた。
「明後日までにお願い」
「この資料、少し中身を確認させてください。調査に1日、整理と作成で1日半ほど見ておきたくて」
「へえ、そんなにかかるんだ」
「特に調査の部分が、〇〇を確認しないと数字がずれるので、ここは省けなくて。最短で3日いただけると、きちんとしたものが出せます」
「なるほどね。じゃあ3日で。よろしく」
あなたは謝っていない。むしろ、頼れる相手として扱われている。
私の場合|工程と時間を説明したら、相手が中身か納期を調整してくれた
少し、私自身の話をさせてください。
以前の私は、無理そうな納期でも、とりあえず一旦引き受けていました。そして——正直に書くと、間に合わなかったこともあります。
変えたのは、「工程を確認してから返す」ことでした。
資料を作るのに、どんな工程があって、それぞれどのくらい時間がかかりそうか。それを相手に説明するようにしたのです。特に調査が大事な資料のときは、「なぜこの調査に時間がかかるのか」の根拠も一緒に伝えました。
さらに、ただ時間を主張するだけでなく、相手の目的に合わせて中身も一緒に整理しました。 「必要な項目だけを抜き出せばいいのか、それとも今後の作業につながるように、他の項目も含めて整理しておいたほうがいいのか」を、相手と一緒に考えたのです。
結果は、ケースバイケースでした。
あるときは、相手が「じゃあ必要な部分だけでいい」と中身を軽くしてくれました。またあるときは、「今後の作業にもつながるなら、その整理も含めてやってほしい」と、納期のほうを延ばしてくれました。
どちらにしても、間に合わずに謝ることは、なくなりました。 根拠を見せたことで、相手が自分で調整してくれるようになったからです。
(でも、そんなに細かく説明したら、言い訳がましく聞こえないかな……)
そう感じる気持ちも分かります。私も最初はそうでした。
でも、言い訳と根拠は違います。言い訳は「できない理由」を並べるもの。根拠は「どうすればできるか」を示すものです。工程と時間を見せるのは、後者です。だから、むしろ信頼されます。
「無理です」の前に、一度だけ工程に分けてみる
無理な納期を前にすると、選択肢は「断る」か「黙って引き受ける」の二つに見えます。
でも、その手前にもう一つあります。工程に分けて、根拠を見せることです。
「調査に1日、作成に1日。ここは削れないので、3日ください」
たったこれだけで、相手はあなたを困らせる存在ではなく、一緒に段取りを考える相手として扱ってくれます。
「無理です」と言う前に、一度だけ、作業を分けてみてください。
参考文献
- Langer, E. J., Blank, A., & Chanowitz, B. (1978). The mindlessness of ostensibly thoughtful action. Journal of Personality and Social Psychology, 36(6), 635–642. doi:10.1037/0022-3514.36.6.635

