「この資料、金曜までにお願い」
軽い調子で頼まれたその瞬間、あなたは手元のスケジュールを思い浮かべている。
(……どう考えても、終わらない)
でも、口から出てきたのは違う言葉だった。
「はい、わかりました」
断れなかった。「間に合いません」なんて言ったら、やる気がないと思われる気がした。だから今日も全部やろうとして、気づけば夜の9時を過ぎている。
それでも終わらなくて、「まだできてないの?」と言われた日のことを、あなたはまだ覚えている。
あのとき、何が足りなかったのだろう。
——足りなかったのは、努力の量ではありません。「どこまでやるか」を、誰も決めていなかったことです。
解決策:「全部は間に合いません。優先度の高いものを教えてください」と聞く
納期を動かすのではなく、やる範囲のほうを削ってもらう。
引き受けるときに、この一言を足すだけです。
「全部は間に合わないのですが、優先度の高いものを教えてください」
「全部やります」でもなく、「できません」でもない。その真ん中に、まだ使っていない選択肢が残っています。
なぜ、この一言で仕事が終わるようになるのか
理由①:「全部必須」に見えて、本当に必要なのは一部だけ
経済学者ヴィルフレド・パレートが見つけた偏りは、仕事にもよく当てはまります。成果の大部分は、全体のうち一部の要素が生み出している——いわゆるパレートの法則です。
10ページの資料でも、相手が本当に見たいのは2ページかもしれない。5つの項目のうち、決裁に効くのは1つだけかもしれない。
依頼した側も、そこまで細かく分けて考えていないことがほとんどです。「一式お願い」は、多くの場合「全部が必須」という意味ではなく、まだ誰も分けていないだけなのです。
理由②:範囲を決めないと、仕事はどこまでも膨らんでいく
イギリスの歴史学者シリル・ノースコート・パーキンソンは、組織を観察してこう指摘しました。
仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する
いわゆるパーキンソンの法則です。そして同じことが、仕事の「中身」にも起こります。
「一式お願い」のように範囲が決まっていない依頼は、あなたが「これも要るかもしれない」「ここも足しておこう」と考えるほど、際限なく膨らんでいく。
やっかいなのは、膨らんだぶんが評価されるとは限らないことです。誰も頼んでいない5ページを徹夜で足しても、相手が見るのは最初の2ページかもしれない。
だから、時間ではなく範囲のほうに先に線を引く。「優先度の高いものを教えてください」は、その線を相手と一緒に引くための質問です。
理由③:相手が「答えられる質問」になっている
「間に合いません」と伝えると、ボールは相手に渡りますが、相手は困ります。じゃあどうしろと、という話になるからです。
でも「優先度の高いものを教えてください」なら、相手はただ選ぶだけで済みます。
相手が一番よく知っているのは、あなたの作業時間ではなく、「この資料を何に使うか」です。そこを知っている人に、そこだけを聞く。だから答えが返ってくるのです。
「全部やるしかない」から抜け出せる
——今までのあなた。
(どう考えても、終わらない)
そう思いながら「はい、わかりました」と答えて、席に戻る。全部やるしかないと思い込んで、優先順位もつけないまま手を動かす。夜9時、誰もいないオフィスで、まだ半分。
そして翌朝、「まだできてないの?」
——「優先度の高いものを教えてください」と聞けるようになった、これからのあなた。
「金曜までにこの資料、お願い」
「わかりました。ただ、全部は正直きびしくて。優先度の高いものを教えてもらえますか」
「ああ、じゃあ前半の数字のところだけでいいよ。後ろは今回いらない」
「助かります。それなら金曜に出せます」
やることが半分になった。定時に帰れた。金曜、あなたは何ごともなく資料を出している。
私の場合|「全部は間に合いません」と聞いたら、あっさり絞ってくれた
少し、私自身の話をさせてください。
私も同じでした。資料を作ってほしいと頼まれて、どう見ても納期に間に合わない。それでも以前は、とりあえず全部やろうとして残業でカバーしていました。それで間に合わず、怒られたこともあります。
あるとき、思い切って聞いてみました。「全部は間に合いません。優先度の高いものを教えてください」と。
すると、あっさり絞ってくれたのです。
必要最低限だけを、最速で仕上げる。それだけで、納期に間に合いました。減らしたのは仕事の質ではなく、やらなくてよかった部分でした。
(でも、そんなこと聞いたら、やる気がないと思われるんじゃ……)
そう思う気持ちも、よくわかります。私もそうでした。
でも、実際に相手が困るのは「聞かれること」ではありません。金曜の朝に、何も出てこないことです。
聞くのは、引き受ける前の10秒だけ。それで残業が消えるなら、試してみる価値はあります。
引き受ける前に、10秒だけ使う
無理な納期を言われたとき、私たちはつい「どうやって全部終わらせるか」を考えてしまいます。
でも、変えられるのは納期だけではありません。やる範囲も交渉できます。
次に「どう考えても終わらない」と思ったら、引き受ける前に一言だけ。
「全部は間に合いません。優先度の高いものを教えてください」
その10秒が、あなたの夜を返してくれます。
参考文献
- Pareto, V. (1896). Cours d’économie politique. F. Rouge.(パレートの法則は経験則であり、統一された定義はありません)
- Parkinson, C. N. (1957). Parkinson’s Law, or the Pursuit of Progress. John Murray.

