仕事中に資格の勉強をしていいのか|開くのはテキストではなく、記憶のほう

仕事中に資格の勉強をしていいのか|開くのはテキストではなく、記憶のほう 仕事の進め方・タスク管理

手が空いた、午後2時。

頼まれていた仕事は片づいて、次の指示はまだ来ない。メールも止まっている。時計だけがゆっくり進みます。

カバンの中には、買ったばかりのテキストが入っています。今この30分で1章読めたら、帰ってからがずいぶん楽になる。

でも、出せない。

出した瞬間に、隣の席から見えるからです。忙しそうにしている人の視界に、自分のテキストが入る。それを想像しただけで、手が止まる。

それで、スマホで検索します。「仕事中 勉強」。すると候補にこう並びます。「ダメ」「こっそり」「違法」

同じことを気にしている人が、こんなにいる。けれど読み進めても、返ってくるのは「就業規則によります」ばかりで、あなたの席の話にはなりません。

この記事で渡したいものは、ひとつだけです。手が空いた時間は「思い出せるか試すだけ」やる。テキストは開かない。思い出せなかったところを1行メモして、終業後にそこだけ確認します。

調べても答えが出ないのは、探している条文が存在しないから

先に、いちばん大事なところをお伝えします。

「勤務中に勉強してはならない」と書いた条文は、ありません。

厚生労働省は、会社が就業規則を作るときの見本として「モデル就業規則」を公開しています。最新版(令和7年12月版)を最初から最後まで検索してみると、「勉強」という言葉は一度も出てきません

近いことが書いてあるのは、服務規律の遵守事項です。

「勤務中は職務に専念し、正当な理由なく勤務場所を離れないこと。」

読んでのとおり、禁じられているのは職務に専念しないことであって、勉強ではありません。しかも同じ資料の解説には、こう添えられています。「服務規律及び遵守事項については、就業規則に必ず定めなければならない事項ではありません」

つまり、この条項すら「置くかどうかは会社しだい」なのです。会社によって書いてあることが違うのは当たり前で、だからネットの記事は「就業規則によります」としか言えません。

おもしろいのはここからです。同じモデル就業規則の中に「学習」という言葉は2回だけ出てきますが、どちらも禁止の話ではありません。「使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」は労働時間にあたる——つまり、上司の指示で勉強していたなら、それは仕事の時間として扱いなさい、という文脈です。

国が線を引いているのは、「勉強していいか」ではなく「その勉強は労働時間か」のほうなのです。あなたが探している「違法かどうか」の線は、最初から引かれていません。

テキストを開けなくしているのは、規則ではなく人の目

では、条文が存在しないのに、なぜ手が止まるのか。

少し、私自身の話をさせてください。

私がFP3級の勉強をしていたとき、仕事がなくて手が空く時間がありました。就業規則で禁止されているわけでもなく、誰かに注意されたこともありません。それでも、テキストは出しませんでした。他の人の目があったからです。目立ちたくなかった。

FPの内容は、当時の私の業務とまったく関係がありませんでした。関係がないぶん、なおさら出せなかった。

ところが同じ職場で、QC検定を受けたときは違いました。そのころ私は職場のQC活動に関わっていたので、テキストを普通に机に出して見ていました。隠れもしませんでしたし、何も言われませんでした。

同じ会社、同じ席、同じ私です。就業規則も、その間に1文字も変わっていません。それでも行動は正反対になりました。

違ったのは、たったひとつ。その勉強が、業務に関係していたかどうかです。おそらく周りの目にも「仕事の一部」に見えていたのだと思います(ここは私の推測で、当時誰かに確かめたわけではありません)。

ここから、この記事の答えが出ます。

  • その資格が業務に関係しているなら、開いていい。堂々と机に置ける。気になるなら上司に「手が空いたときに読んでいます」と一言伝えておけば、それで終わります
  • 業務に関係していないなら、許可を取りにいっても気まずいだけです。ここから先は、こちらの話をします

開くのは、テキストではなく記憶のほう

業務に関係のない勉強を、人の目のある席でやる方法は、ひとつしかありません。道具を使わないことです。

やることは3つだけです。

  • 手が空いたら、頭の中で自分に問題を出す。「昨日読んだあの項目、何も見ずに説明できるか?」
  • 詰まったところだけ、1行メモする。手元のメモ帳や付箋に単語で十分です
  • 終業後に、そのメモの項目だけテキストで確認する

机の上には何も出ません。開いているのは記憶のほうだけです。仕事が来たら、その瞬間にやめられます。閉じるものが何もないからです。

そして、ここがこの記事でいちばんお伝えしたいところなのですが——この「思い出すだけ」は、我慢して選んだ劣化版ではありません。むしろ、記憶に残るほうのやり方です。

思い出す作業は、読み返しより後に残る

記憶の研究に、有名な実験があります。

学生に文章を読ませ、一方にはもう一度読み返してもらい、もう一方には何も見ずに思い出してもらう(テストを受けてもらう)。そのうえで、最終テストを5分後・2日後・1週間後に受けてもらいます。

結果は、時間によって入れ替わりました。5分後のテストでは、読み返した人のほうが良い成績でした。ところが2日後・1週間後になると、思い出す練習をした人のほうが明らかに多く覚えていた。しかも読み返した人は、「自分は覚えている」という自信だけは高かったのです(Roediger & Karpicke, 2006)。

別の研究では、外国語の単語を使って、いちど正解できた単語をその後も思い出し続けた場合と、「もう覚えた」として読み返すだけにした場合を比べています。1週間後の成績は、読み返しには効果がなく、思い出し続けたほうには大きな効果がありました(Karpicke & Roediger, 2008)。

ただし、正確に書いておきます。のちの再検証では、間隔などの条件をそろえると読み返しにもちゃんと効果が出ました(Soderstrom, Kerr & Bjork, 2016)。ですから「読み返しは無駄」ではありません。言えるのは、思い出す練習は、読み返しに引けを取らないということです。

席で唯一できるのが「思い出す」ほうだった。それが、たまたま後に残るほうだった。これは、なかなか都合のいい偶然だと思いませんか。

思い出せなかった項目が、その日の夜にやることリストになる

正直に書きます。私の手応えも、劇的なものではありませんでした。復習と、抜け漏れの確認という意味では、少し成果があったという程度です。

理由もはっきりしています。まるごと忘れている項目は、そもそも思い出せないからです。頭の中を探しても何も出てこない。それでは勉強になりません。

けれど、この「何も出てこなかった」こそが、持ち帰る価値のある情報です。

テキストを見ながら「ここは大丈夫」と判断すると、その判断は甘くなります。答えが目の前にあるせいで、自分は理解していると錯覚してしまうからです(Koriat & Bjork, 2005)。さきほどの単語の研究でも、学生自身の「これくらい解けるはず」という予測は、実際の成績とまったく対応していませんでした(Karpicke & Roediger, 2008)。

自分がどこを忘れているかは、思い出してみるまで分かりません。だから、思い出せなかった項目のメモは、その日の夜にやることが決まったリストなのです。何時間ぶんの勉強をどこから始めるか迷う時間が、まるごと消えます。

さらに心強い研究もあります。答えられない問いに挑んでから答えを見た人は、最初から答えを読んだ人よりも、あとの成績が良くなりました(Kornell, Hays & Bjork, 2009。実験に使われたのは一般常識のクイズや単語の連想です)。思い出せなかった時間は、無駄になっていません。そのあとに答えを確認しさえすれば。

昼に思い出して、夜に確認する。この分け方にも意味がある

もうひとつ、この形には副産物があります。勉強が2回に分かれることです。

同じ勉強をするなら、まとめて1回でやるより、間隔をあけて分けたほうが記憶に残ります。317の実験・839件の比較を集めたメタ分析で確かめられていて、しかも「いつまで覚えていたいか」が先であるほど、間隔は長めのほうがよいことも示されています(Cepeda ら, 2006)。試験が数か月先にある資格の勉強は、まさにこの形です。

昼に思い出し、夜に確認する。これは、夜にまとめて2時間やるのに比べて、間隔がひとつ増えた状態です。

(この研究で調べられているのは主に単語などの短い材料なので、数時間の間隔で必ず効くと断言はできません。ただ少なくとも、昼の思い出しが夜の勉強を薄めることはないと考えてよさそうです。)

「思い出すだけ」に変えたあなたの、少し先の未来

——今までのあなた。

手が空くたびにスマホを開いて、意味もなくニュースをスクロールする。テキストを出そうか迷って、結局出さない。定時になって「今日も何もしなかったな」という感覚だけが残り、家に帰ってから、どこから手をつけるか分からないままページをめくる。

——手が空いた時間に「思い出す」ようになった、これからのあなた。

仕事が途切れる。頭の中で問題を出す。「先週のあの項目、順番に言えるか?」

3つまでは出てきて、4つ目で詰まる。メモ帳に単語をひとつ書いて、それで終わりです。誰にも見えていません。

定時後、テキストを開きます。今日開くのは、メモにある3か所だけ。

「あ、ここか。そりゃ出てこないわけだ」

30分で終わります。迷っている時間がないからです。

私の場合も、この形でした。FP3級のときは、手が空いた時間に頭の中で復習して、分からなかったところをメモし、終業後にテキストで確認していました。派手な勉強法ではありません。それでも、自分がどこを抜かしているかは、席にいる間に見つかっていました。

「でも、それって結局こっそりやってるのと同じでは?」

違います。こっそり勉強するというのは、見つかったら困ることをしている状態です。頭の中で思い出しているだけの人は、声をかけられたら普通に返事をします。閉じるものも、隠すものもありません。

許可を取りにいかなくていい。開くものを変えるだけでいい

整理します。

  • 「勤務中に勉強してはならない」という条文は存在しない。あるのは「職務に専念する」という一般的な決まりだけ
  • その資格が業務に関係しているなら、テキストを開いていい
  • 関係していないなら、手が空いた時間は「思い出せるか試すだけ」。詰まったところを1行メモして、終業後にそこだけ確認する

あなたを止めていたのは、規則ではありませんでした。人の目です。そして人の目に映らない勉強は、ちゃんと存在します。

許可を取りにいく必要はありません。開くものを、テキストから記憶に変えるだけです。

なお、会社によっては就業規則で私的行為をはっきり禁じている場合があります。気になる方は、まず自社の就業規則を確認してください。この記事は公的資料をもとに「どこに線が引かれているか」を整理したもので、個別の判断を保証するものではありません。

手が空く時間そのものがつらい、という方は、仕事が暇すぎてつらい|その時間を味方にする過ごし方もあわせてどうぞ。こちらは「その時間に何をやるか」の話です。

参考文献

厚生労働省「モデル就業規則」(令和7年12月版)第3章 服務規律・遵守事項|厚生労働省

労働基準法(昭和22年法律第49号)第89条(就業規則の記載事項)|e-Gov法令検索

Roediger, H. L., & Karpicke, J. D. (2006). Test-enhanced learning: Taking memory tests improves long-term retention. Psychological Science, 17(3), 249-255.|doi:10.1111/j.1467-9280.2006.01693.x

Karpicke, J. D., & Roediger, H. L. (2008). The critical importance of retrieval for learning. Science, 319(5865), 966-968.|doi:10.1126/science.1152408

Soderstrom, N. C., Kerr, T. K., & Bjork, R. A. (2016). The critical importance of retrieval—and spacing—for learning. Psychological Science, 27(2), 223-230.|doi:10.1177/0956797615617778

Koriat, A., & Bjork, R. A. (2005). Illusions of competence in monitoring one’s knowledge during study. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 31(2), 187-194.|doi:10.1037/0278-7393.31.2.187

Kornell, N., Hays, M. J., & Bjork, R. A. (2009). Unsuccessful retrieval attempts enhance subsequent learning. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 35(4), 989-998.|doi:10.1037/a0015729

Cepeda, N. J., Pashler, H., Vul, E., Wixted, J. T., & Rohrer, D. (2006). Distributed practice in verbal recall tasks: A review and quantitative synthesis. Psychological Bulletin, 132(3), 354-380.|doi:10.1037/0033-2909.132.3.354

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